尾崎豊さんの曲が流れていて。
当時はあまり関心がなかったけれど
どうして彼が亡くなったのか
とても気になって調べてみると、下記に記事に出会った。
「遺書」は、92年4月25日、死の間際まで持ち歩いたセカンドバッグに入れてあったという。それには、意識し続け、現実のものとして受け止めた「死」に向かう覚悟がしたためられていた。
先立つ不幸をお許し下さい。
先日からずっと死にたいと思っていました。
死ぬ前に誰かに何故死を選んだのか話そうと思ったのですが、
そんなことが出来るくらいなら死を選んだりしません。
(中略)
さようなら
私は夢見ます。
「死ぬ前に誰かに何故死を選んだのか話そうと思ったのですが、
そんなことが出来るくらいなら死を選んだりしません。」
なぜ話してくれなかったのか、
なぜ助けられなかったのか
助けを求められる相手として自分は頼りにされていなかったのではないか
そんな永遠に続く自問自答に対するひとつのこたえがこの一文。
いまさら知ってどうする、という気持ちもあるけれど
知りたいという気持ちも捨て去ることはできない。
出口なんて永遠にないんだろうけど、探し続ける旅は今後も続くだろうな…。


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