たぁ坊が選んだ道は、その決意、行動について、一部の人しか知りません。
その場にいたお友達、その関係者、そして親族。
私の口から、友人に話すつもりはありません。
その理由は2つ。
1つ目は、スーパーの安売り情報と同列でウワサされたくないから。
他人の口から、多くの出来事の1つとして語られることには耐えられません。
かといって、涙されても、うわべだけの演技にみえてしまうひねくれた心。
だったら、その事実を話さないのが一番です。
それなら、友人の言動にいちいち傷ついたり、腹を立てたりしなくて済みます。
このことは、私と家族の永遠の大切なヒミツ。
それでいいと思っています。
2つ目は、私自身が楽だから。
何も変わらぬ、誰も知らない、そんなところが今は自分の心を保てる場所です。
たぁ坊の喪失感と悲しみだけに没頭できる、そんな空間が私自身には必要。
生きていかなくてはならないから。
たぁ坊の選んだ道を尊重します。
そして、たくさんたくさん涙します。
今の心の苦しみが、たぁ坊へのつながりの1つだと思えば、受け入れられます。
今こわいのは、忘れてしまうこと。
私の心のベクトルが未来へ向くと、心が少し楽になります。
だけど、そのベクトルの先にはたぁ坊がいません。
過去の中でしか存在しなくなってしまったたぁ坊。
傷みそのものがたぁ坊のような気がして。それが小さくなってしまうことは、自分のことだけしかかんがえていないんじゃないか、という罪悪感にかられます。
毎日「愛しているよ」「大好きだよ」と話しかける、それはずっと実践しようと思っています。
大好きなたぁ坊、そちらでは元気ですか。


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